PALAKA

ハワイを象徴するウェアと云えばアロハシャツ。その起源は1930年代からです。未だ100年も経過していません。

実はそれ以前にも、ハワイにはオリジナルのシャツが存在していました。それが、パラカシャツです。パラカと呼ばれるチェックの生地は、19世紀後半にヨーロッパからハワイに渡ります。その後、米国マサチューセッツの宣教師がハワイにやって来た時に、テーブルクロスやカーテンに使われたチェックの布地が大量にハワイに輸入されることになりました。

 

その綿100%の丈夫な生地は、耐久性、涼しさ、デザインで高く評価され、サトウキビプランテーションで働くパニオロ(カウボーイ)や、移民たちなどの間で大流行します。特に日系移民にとってパラカのチェックは、日本の絣(かすり)を連想させたとも云われています。

 

そして、パラカシャツを大々的に販売したのが、ARAKAWASです。

ARAKAWASの創業は1909年。創業者はゼンパンアラカワ。1904年、沖縄から移住してきたゼンパン・アラカワは、ワイパフにあるサトウキビ農園でWATERBOY=飲み水配給係として働き始めます。その後、アラカワは1 台の足踏み式ミシンを手に入れ、食料を運ぶためのカウカウバッグと、足袋を製作する商売を始めました。彼は既成のシャツやズボンをほどいては縫いもどすという独学で、縫製をものにしていきます。このまにあわせの仕立屋で生産された商品の中にパラカのワークシャツもあり、1 枚75 セントで売られていました。この仕立屋は、後にハワイ最大のデパートとなります。

ゼンパンには、5人の息子と4人の娘がいました。後を継いだのは1922年生まれの五男ゴロー・アラカワです。その後、ARAKAWAS STORE は、惜しまれながらも1995年に閉店しました。​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

 

1932年のホノルル商工会議所の貿易商工業開発委員会の報告によれば、「パラカとセーラー・モクスは、島中の人のタンスに入っている。肉体労働者はパラカを着て働き、(カウボーイといえばパラカだ!)港湾労働者はパラカを着て造船所で働く。近年では、ハワイの最上流階級もワードロープにパラカとセーラー・モクスを加えた。若者はそれを着て学校へ行き、遊び、フットボールの試合に行き、ハウスパーティー、カクテルパーティー、ビーチパーティーへも出かけた。」とあります。*セーラー・モクス=今のジーンズ

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